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自分の心膜を使う【心臓弁膜症の最新治療】

病院で弁膜症により弁置換が必要と言われてしまった方々のための情報です。再診の弁の手術方法、従来の手術方法のデメリットまで。大動脈閉鎖不全、僧帽弁閉鎖不全、三尖弁閉鎖不全などの方のための情報です。

心臓の弁膜症とは

心臓には、血液の流れを一方向に保つために開閉する「弁」があります。この弁に障害が起こり、血流が悪くなったり、血液の逆流が起こったりするのが「心臓弁膜症」です。

心臓弁膜症の手術件数は近年かなり増えていますが、最近、心臓弁の1つで「僧帽弁」の弁膜症の新しい治療法が「先進医療」として承認されました。

患者さんの心臓を包む膜を使って代わりの弁を作り、障害の起こった僧帽弁と置き換える、世界初の治療法です。従来の治療では欠かせなかったワルファリン(血液を固まりにくくする薬) の服用をせずに済むなどの利点があり、注目を集めています。

弁膜症の97%は大動脈弁と僧帽弁

心臓は、左右の心房と心室という4つの部屋に分かれた構造をしており、全身に血液とともに酸素を供給するポンプのような役割をしています。全身に酸素を届けたあとの血液(静脈血) は右心房から右心室へ戻り、肺動脈から肺に送られます。肺で酸素を受け取った血液(動脈血) は左心房から左心室へ送られ、大動脈を通って全身をめぐり、酸素を届けます。

この血液の流れを一方向に保つために働いているのが、心臓にある4つの弁です。右心房と右心室の弁が「三尖弁」、右心室と肺動脈の問の弁が「肺動脈弁」です。

また、左心房と左心室の問にあるのが「僧帽弁」、左心室と全身をめぐる大動脈の問にあるのが「大動脈弁」です。これらの弁は、血液が入ってくるときに開き、血液が送り出されるときには閉じて、血液が逆流するのを防ぎます。

心臓弁膜症は、この弁に障害が起こり、本来の役割を果たせなくなった状態です。大別すると、弁の閉じ方が不完全になる「閉鎖不全症」と、弁の開きが悪くなる「狭窄症」があります。

また、4つの弁のうち、障害が起こりやすいのは僧帽弁と大動脈弁で、この2つの弁の手術が年間の心臓弁膜症手術の約97%を占めます。心臓弁膜症は意外と多い病気で、推定患者数は200万人ともいわれ、現在、年間1万人くらいのかたが手術を受けています。

高齢化に伴い、大動脈弁に動脈硬化と同じような変化が起こり硬くなり、うまく開かなくなる「大動脈弁狭窄症」や、弁の組織が弱くなって起こる「僧帽弁閉鎖不全症」が増加しています。

心臓弁膜症になると、心臓の負担が増え、心肥大などが起こり、さらに進行すると心不全や突然死につながります。また、血液が心臓で滞るため、血栓ができやすくなります。心臓でできた血栓が、脳の血管に流れて詰まり、脳梗塞を起こすこともあります。息切れや動悸、疲れやすさなどの症状が現れることもありますが、

こうした自覚症状がないまま進行してしまうこともあります。実際、患者さんは特に症状を自覚しておらず、健康診断のエコー(超音波検査)で指摘されて見つかるケースが多いものです。

弁膜症の手術は複数あり、それぞれメリット、デメリットがある

まず、従来から行われてきた手術についてです。大きく分けて「弁形成術」と「人工弁置換術」とがあります。

弁形成術とは、柔らかい金属やシリコンの入った人工弁輪を用いて、患者さん自身の弁やその周囲の形を整え、弁の機能を回復させる手術です。人工弁置換術は、障害の起こった弁を切除し、人工の弁に置き換える手術です。

人工弁には、金属や炭素繊維でできた「機械弁」と、ウシやブタなどの生体組織からできた「生体弁」とがあります。これらの手術には、次のような長所・短所があります。

手術後の死亡や合併症のリスクは弁形成術のほうが低いです。人工弁置換術のほうが、少しリスクがあります。

手術後死亡率は弁形成術が0.8%、人工弁置換術は3.8%となっています。人工弁は感染症や弁の周囲、心筋に亀裂が入るといった合併症があるためです。

一方、弁形成術は再手術が必要になることが時々あります。手技が難しいので、治療成績が医師の技量に左右される面もあります。機械弁は、弁に血栓がついたり、感染症が起こらないかぎりは、再手術の必要はありません。

ただし、金属が露出している部分で血液が固まり、血栓ができやすくなるのが短所です。そのため、機械弁を用いた場合、血液を固まりにくくするワルファリン(ワーファリン)を長期服用する必要があります。

生体弁は血栓ができにくいので、ワルファリンを服用せずに済む長所があります。しかし、動物の組織とはいえ、体にとっては「異物」なので、ある程度の免疫反応(体から排除しようとする働き)が起こることは避けられません。そのため、手術後10~15年で劣化し、取り替えが必要になることが一般的です。

耐久性が低いのが生体弁の短所です。なお、心臓弁膜症の中で、大動脈弁狭窄症に対しては、開胸せずにカテーテル(医療用の細い管)を使って人工弁を設置する「TAVI(経カテーテル大動脈弁治療)」という治療法も近年、登場しています。ただし、この治療は高齢であったり、他の病気を持っていたりして、手術リスクの高い重症大動脈弁狭窄症の患者さんのみが適応となります。

弁の手術方法のデメリット
手術
方法

手術の危険性
(退院出来ずに死亡)

再手術
技術
ワーファリン
服用
弁形成術
0.8%
少し
不要
弁置換 機械弁
3.8%
なし
平均的
終生
必要
人工弁
あり
平均的
不要
心膜使用
報告なし
平均的
不要
2つの手術方法の長所を併せ持つ最新技術

この最新の技術というのは、患者さん本人の心臓を包んでいる「心膜」という膜を使って代用弁を作成する手術です。2016年に僧帽弁閉鎖不全症に対する先進医療として認められています。

わかりやすく言うと、弁形成術と人工弁置換術の長所を併せ持つ手術といえるでしょう。

治療の手順は、まず胸を切開し、患者さんの心膜の一部を採取します。それを特殊な型紙に沿って切り抜き、弁形成術に使用する人工弁輪に縫い付けて、新たな弁を作成します。その上で障害のある弁を切除し、新しい弁と置き換えます。

さらに、心膜で作った弁の先端を、本来の僧帽弁と同じように左心室の乳頭筋に縫い付けます。これは腱索と呼ばれる部分で、従来の人工弁置換術では切除していました。それによって左心室の動き方に少し変化が生じていたのですが、この腱索に当たる部分を再建することで、左心室の本来の動きを損なわずに済みます。

この手術には、次のようなメリットがあります。まず、患者さん自身の心膜を使うことで、従来の異種生体弁のように免疫反応による劣化が起こりにくいと考えられます。

心腹は、ほかの心臓の手術でもよく使われていて、取っても不都合なく、耐久性があることはこれまでの臨床経験でわかっています。また、機械弁のように金属が露出していないため、血栓ができにくく、ワルファリンの長期服用の必要がないのも、大きな利点といえるでしょう。ワルファリンは胎児への副作用があるため、機械弁による人工弁置換術を受けた女性は妊娠・出産がきわめて困難になりますが、この治療なら妊娠・出産が可能です。

そして、弁形成術と比べれば、手技が容易で再現性が高いといえます。弁形成術は狭いスペースで複雑な切除や縫合を行う必要があるので難しく、心臓の小さいお子さんには行えないケースがあるのです。しかし、この治療法ならば対応可能です。

術後4年経過しても異常なしで出産も可能

ひとつの症例です。20代後半の女性Aさんは先天性の僧帽弁閉鎖不全症で、子どものときに弁形成術を受けました。しばらくすると血液の逆流が認められたそうです。大人になるまで薬物療法などでなんとかしのいできたのですが、将来のリスクを考慮して、主治医から人工弁置換術を勧められました。

まだ若いので、生体弁では劣化の問題があり、金属弁を勧められました。そうなると妊娠・出産に伴う問題があります。当時、結婚したばかりだったAさんには受け入れられず、弁形成術ができないものかと相談に来られたのです。

しかし、弁形成の再手術は無理と判断しました。そこで、臨床研究を開始したばかりだった心膜を用いる手術を提案しました。

手術の結果はたいへん良好で、4年たった現在、検査で血液の逆流は認められていません。ワルファリンなどの薬も服用せずに、元気に日常生活を送っておられます。さすがに手術から数年は経過を見る必要があったため、私も「妊娠・出産は少したってからに」とお願いしていましたが、先日「これなら大丈夫でしょう」とお伝えすると、とてもうれしそうにされていました。

この最新の治療を希望される場合どうしたらいいのでしょうか?

この治療は2016年に厚生労働省に「先進医療」として承認されました。先進医療は技術料は全額自己負担となりますが、診察料、検査料、投薬料、入院料などは公的医療保険が適用されます。治療費は、患者さんの自己負担分が45万円程度(技術料のみ)です。

また、これまでに榊原記念病院では、臨床研究として12例、先進医療として3例の計15例を行っています。また、京都府立大学でも1例が実施され、今後は東京慈恵会医科大学、慶應義塾大学、東北大学、大阪大学、神戸大学などの各病院でも実施が予定されています。

なお、先進医療は公的医療保険の対象にするかどうかを評価する段階にある治療であるため、治療適応となる患者さんの条件がかなり限定されます。

現在は、僧帽弁閉鎖不全症で手術が必要だが、弁形成術では効果が期待できない(弁形成術を受けたが再手術が必要、あるいは感染症で弁が高度に破壊された人など)と判断され、16歳以上80歳未満のかたが対象です。この手術は僧帽弁狭窄症に対しても有効ですから、今後、適応範囲が広がっていlナば、より多くの患者さんの救いになると考えています。